日本のロケット開発が「どうも苦戦しているように見える」背景には、単純な技術力の有無だけでは説明できない、複数の要因が絡み合っています。
「日本はロケットが苦手だから」という一言で片づけてしまうと、むしろ日本固有の強みや、構造的な課題が見えなくなってしまいます。
実際には、日本のロケット開発は、戦後の歴史や安全保障観、産業構造、予算配分の方針といった「日本ならではの文脈」の上に成り立っており、その結果として現在の「慎重で進みが遅く見える姿」が形づくられているのです。
1. 「国家プロジェクト」としての位置づけが控えめだった
アメリカや旧ソ連、近年の中国では、ロケット開発は「軍事・安全保障」と直結した国家戦略の核心に置かれてきました。
一方、日本は戦後、「専守防衛」や平和憲法の理念のもと、宇宙を主に「科学研究」と「地球観測」の場として捉えてきました。
その結果、「国威発揚」や「軍事優位の確保」を目的とした、桁外れの投資や人材集中は行われにくく、ロケット開発はあくまで多数ある科学技術プロジェクトの一つとして扱われてきた側面があります。
例えば、H-IIAロケットは高い成功率を誇り、日本の技術の精密さや信頼性を象徴する存在ですが、開発・運用のコストは決して低くはなく、商業打ち上げ市場でSpaceXのような超低価格ロケットと真正面から競うのは難しい状況にあります。
「質は高いが、量とスピードで勝負しない」という日本らしい戦略とも言えます。
2. 国主導モデルから、民間主導モデルへの転換の遅れ
日本のロケット開発は長年、国の研究機関(現在のJAXA)と大手重工メーカーを中心とした「官主導・限られた企業による開発」という形で進められてきました。
このモデルは、品質保証や安全性の面では強みがあった一方で、民間ベンチャーが大胆な発想や素早い試作で参入してくる「新しい宇宙ビジネス」の波には乗り遅れがちになりました。
海外を見ると、スペースXをはじめとした民間企業が再利用型ロケットで打ち上げコストを劇的に下げ、「宇宙をビジネスとして成立させる」方向へ舵を切っています。
これに対して日本では、JAXAと三菱重工といった大手企業中心の体制が長く続き、組織構造や調達プロセスが複雑で、素早い試行錯誤やコストカットが難しい環境になっていました。
近年ようやく、インターステラテクノロジズやispaceなどの民間企業が台頭し、ロケット開発や月面輸送といった分野に挑戦するようになりましたが、これはようやく世界の潮流に追いつき始めた段階とも言えます。
3. 「失敗を許さない文化」とロケットの相性の悪さ
日本のものづくりは、「不良ゼロ」「ミスはあってはならない」という品質文化に支えられてきました。
しかし。ロケット開発は本質的に「失敗から学ぶこと」が前提の分野です。
試験の段階で爆発する、軌道投入に失敗する、推進系がうまく動かない、そうしたトラブルを経験しながら、少しずつ信頼性を高めていくのが世界的な標準です。
日本の場合、1回の失敗が社会的に大きく報じられ、「税金の無駄遣い」「日本の技術力の低下」といった批判と結びつけられやすい傾向があります。
そのため、開発現場では「確実に成功させるまで、徹底的に慎重に検証する」方向に振れやすく、そのぶん打ち上げ頻度が低くなり、経験値の蓄積が遅くなるというジレンマを抱えています。
H3ロケットの初号機が2023年に失敗した後も、原因究明と対策に多くの時間をかけ、次の打ち上げまで慎重にステップを踏みました。
安全性重視という意味では正しい判断ですが、「とにかく飛ばして改善していく」スタイルの企業に比べると、どうしてもスピード感で見劣りしてしまいます。
4. 限られたリソースをどこに割り振るかという問題
日本の宇宙開発全体の予算は、米国や中国と比べると決して多くはありません。
その中で、惑星探査、地球観測衛星、有人技術、宇宙ステーション利用など、幅広いプロジェクトを同時並行で進めています。
その結果、ロケット開発だけに巨額の投資を集中することが難しく、「ロケット単体で世界市場を席巻する」よりも、「限られた打ち上げ能力でも、独自性の高い探査機や衛星で存在感を示す」という戦略が選ばれてきました。
実際、はやぶさ・はやぶさ2の小惑星探査など、日本は限られた予算の中で非常にチャレンジングなミッションを成功させており、これは世界から高く評価されています。
一方で、打ち上げ能力の制約から、衛星や探査機の一部は海外ロケットに頼らざるを得ないケースもあり、「ロケットで稼いだ利益を次の開発に回す」という好循環をつくりにくい構造になっています。
5. 「苦戦」の裏にある、日本のロケット開発の個性
こうした事情を踏まえると、日本のロケット開発は「技術的に劣っているから苦戦している」というよりも、「安全性と信頼性を重視する文化」「国防と切り離された歴史」「限られた予算を分散させる政策」といった要素が組み合わさった結果として、「スピードと数の勝負では見劣りする」状態になっていると捉えた方が近いでしょう。
言い換えれば、日本のロケット開発は「慎重で真面目すぎるがゆえに、世界のダイナミックな変化の波に乗りきれていない」とも言えます。
しかし、状況は少しずつ変わりつつあります。
民間企業による小型ロケットや衛星コンステレーションへの挑戦、商業打ち上げ市場を意識したコストダウン、宇宙輸送を支える地上インフラの整備など、「ビジネスとしての宇宙」に目を向ける動きが広がってきました。
これからの日本に必要な「ロケット開発の考え方」
今後、日本のロケット開発が世界の中で存在感を保ち、苦戦のイメージを脱していくためには、「失敗を前提とした試行錯誤を受け入れること」と「国主導と民間主導のバランスを柔軟に変えていくこと」が欠かせません。
水は、器の形に合わせて姿を変えながら流れていきます。
同じように、日本の宇宙開発も、従来の枠組みにとらわれず、世界の技術トレンドやビジネス環境の変化に応じて、自らの形をアップデートしていく必要があります。
「慎重さ」と「挑戦」をどう両立させるか。
その答えを見つけるプロセスそのものが、日本のロケット開発にとって、次のステージへの鍵になっていくのかもしれません。