1970年代、日本のポップスが大きく変わろうとしていた時代に生まれた名曲が、山本潤子の歌う「フィーリング」です。
単なる海外曲のカバーにとどまらず、「日本のニューミュージック」を象徴する一曲として、今もなお強い存在感を放ち続けています。
山本潤子というシンガーの「出発点」と「到達点」
「フィーリング」を語るうえで欠かせないのが、ボーカリスト・山本潤子の存在です。
彼女は関西出身のシンガーで、フォークグループ・赤い鳥での活動を経て、のちにハイファイセットを結成します。
【山本潤子のプロフィールと歌声の特徴】
山本潤子のプロフィールを簡単に整理すると、
・フォーク黎明期の「赤い鳥」で注目を集め
・その後、「ハイファイセット」のリードボーカルとして都会的なサウンドを確立し
・ソロシンガーとしても長く支持されてきた存在
という流れになります。
彼女の歌声の魅力は、一言でいえば「清らかさと陰りの同居」です。
・高音域が澄んでいながら、どこか物憂いニュアンスを帯びている
・ヴィブラートを過度に使わず、まっすぐなラインで感情を伝える
・声量で押すのではなく、ささやきにも近いニュアンスで聴き手の心に染み込んでくる
「フィーリング」は、まさにその声質がもっとも自然に、もっとも美しく響くように設計されたかのような楽曲です。高音に無理がなく、柔らかく伸びていく旋律が、彼女の声の透明度と深みを最大限に引き出しています。
ハイファイセットというグループの特異性
「フィーリング」を歌ったハイファイセット(表記ゆれとして“ハイ・ファイ・セット”とも書かれます)は、1970年代の日本の音楽シーンにおいて、きわめてユニークな立ち位置にありました。
「フォークからニュー・ポップスへ」
元・赤い鳥のメンバーである
・山本潤子
・山本俊彦
・大川茂
の3人によって結成されたハイファイセットは、アコースティックなフォークから一歩進んだ、「都会的なニュー・ポップス」を体現するグループでした。
1975年の「卒業写真」で注目を浴び、繊細なコーラスワークと洗練されたアレンジによって、「ニューミュージック」という新しいジャンルの象徴的存在となっていきます。
コーラスが描き出す「都市の情緒」
「フィーリング」においても、ハイファイセットの3声コーラスは曲全体に独特の奥行きをもたらしています。
・テナーを担う山本俊彦がメロディラインの土台をつくり
・低音担当の大川茂が安定感と温かみを支え
・その上で、山本潤子のソプラノが光を差し込むように重なっていく
この立体的なバランスこそが、彼らのサウンドの真骨頂です。
当時の日本のポップスの中でも、ここまで精緻に組み上げられたボーカルアレンジを持つグループは多くなく、「フィーリング」はその完成度がひときわ際立った楽曲と言えるでしょう。
「フィーリング」という楽曲の成り立ち
原曲「Feelings」は、ブラジル出身のシンガーソングライター、モーリス・アルバート(Morris Albert)によって1970年代に発表された世界的ヒット曲です。
日本では、作詞家・なかにし礼が日本語詞をつけ、「フィーリング」として生まれ変わりました。
「なかにし礼の日本語詞がもたらしたもの」
なかにし礼による日本語詞は、直訳ではなく、原曲が持つ「やりきれない喪失感」「言葉にならない愛の余韻」を、日本人の感性にしっくりくる形で描き出しています。
「愛のフィーリング」というフレーズは当時の流行語にもなり、
・単なる輸入ポップスの翻案ではなく
・70年代の日本人の恋愛観を象徴する言葉
として、多くの人の心に刻まれていきました。
ニューミュージックの時代背景と「フィーリング」
1970年代半ば、日本の音楽はそれまでの歌謡曲とフォークに加え、「ニューミュージック」と呼ばれる新しい潮流が急速に立ち上がっていました。
そこでは、
・アーティスト自身が作詞・作曲に深く関わり
・個人的な感情や日常の風景を、洗練されたポップスとして表現する
というスタイルが広がっていました。
ハイファイセットが登場したのは、まさにその転換期。
フォークの素朴さと、洋楽志向のアレンジ、そして都会的な感性が融合した彼らの音楽は、「ニューミュージックの可能性」をはっきりと示すものでした。
「フィーリング」は、
・世界的ヒット曲のエッセンス
・日本語の情感豊かな歌詞
・ニューミュージックらしいアレンジ
が、絶妙なバランスで溶け合った象徴的な1曲なのです。
「潤い」をまとったボーカルと洗練されたサウンド
多くのリスナーが山本潤子の声を「潤いのある声」と表現します。
若い頃に聴いたときには良さがわからなかったが、大人になって改めて聴き直し、その品のよさや柔らかな情感に気づいた、という回想も少なくありません。
感情を「押しつけない」表現力
「フィーリング」における山本潤子の歌い方は、ドラマチックな盛り上がりを前面に出すのではなく、あくまでも自然体です。
・ため息交じりのブレスさえ音楽の一部として溶け込み
・過剰に泣き節に寄せることなく
・聴き手自身の記憶や感情を、そっと引き出していく
その控えめさこそが、この曲の持つ「大人の恋の切なさ」を、よりリアルに感じさせる要素になっています。
アレンジが描く「夜の気配」
「フィーリング」のアレンジは、ストリングスやエレクトリックピアノを中心とした柔らかなサウンドが特徴です。
派手さよりも、深夜のラジオから静かに流れてくるような落ち着いた音作りで、当時の「夜の都会」のイメージと強く結びついていました。
街の灯りがにじむ窓辺や、誰もいない深夜の喫茶店といった情景を思い浮かべる人も多いでしょう。
それは、まさにハイファイセットの持つ「都会の空気感」が、音として刻み込まれているからにほかなりません。
なぜ「フィーリング」は今も聴かれ続けるのか
1976年のリリースから、すでに半世紀近い時間が流れています。
それでもなお、「フィーリング」はさまざまな世代の耳に届き続けています。その理由はいくつか挙げられます。
1.恋の痛みや余韻という、普遍的なテーマ
時代が変わっても、「大切な何かを失ったときの感情」は変わりません。
「フィーリング」は、その名の通り“言葉にならない気持ち”を音楽としてすくい上げているため、年代を問わず共感が生まれます。
2. 過度な時代性に縛られないアレンジ
70年代らしい要素はありつつも、極端に流行に寄せたサウンドではないため、今聴いても古びた印象を与えません。
丁寧に作り込まれたコーラスとシンプルな構成が、長く耐えうるクオリティを保っています。
3. 山本潤子の声の「時間を超える力」
若い頃に聴いた人が、人生経験を重ねてから聴き直しても、まったく違う響き方をする——。
そんな“再発見”を促してくれる歌声であることも、この曲が愛され続ける大きな理由でしょう。
今、改めて「フィーリング」を聴くということ
現在では、YouTubeなどの動画配信サイトで当時のテレビ出演映像や音源を簡単に視聴できますし、ハイファイセットのベストアルバムやボックスセットには高音質リマスター音源として収録されているものもあります。
ヘッドホンでじっくり聴くと、
・3人の声の重なり方
・ブレスや息づかいのニュアンス
・ストリングスの細やかな動き
といったディテールが、驚くほど鮮明に感じられます。
「フィーリング」は、単なる懐メロでも、ただの洋楽カバーでもありません。
それは、
・山本潤子というボーカリストの個性
・ハイファイセットの緻密なコーラス
・1970年代ニューミュージックの時代精神
が一体となって描き出した、「感情の風景」そのものです。
今の自分の年齢や経験とともに聴き直してみると、かつてとはまったく違う「フィーリング」に出会えるかもしれません。
「フィーリング」ハイ・ファイ・セット(YouTube)
「フィーリング/ハイ・ファイ・セット」