ハーヴィー・メイソン―「空白」までもデザインするドラマー
■ 叩いていない瞬間がグルーヴになる
ハーヴィー・メイソンの演奏を注意深く聴くと、まず耳に残るのは「何を叩いているか」よりも「どこで叩かないか」です。
音を埋め尽くさず、あえて残されたスペースが、バンド全体の呼吸やうねりを決定づけています。
彼のビートは、拍の頭にドンと乗るのではなく、前後の“間”を緻密に計算しながら置かれていて、そのわずかな揺れが独特のポケット(ハネ具合)を生み出します。
ハービー・ハンコック『Head Hunters』でのプレイはその典型で、パターン自体は驚くほどミニマルなのに、緊張と解放、タメと抜きが目まぐるしく入れ替わることで、ファンクの新しい文法を打ち立てました。
メイソンのドラミングは、リズムを“線”ではなく、“空間”としてデザインしていると言ってよいでしょう。
■ ふわりと浮いているのに、地面をしっかり踏んでいる音
彼のサウンドのもうひとつの特徴は、「軽やかさ」と「重量感」が同時に存在していることです。
スネアはタッチが繊細で、跳ねるような明るさがある一方、アタックの裏側には太い芯が通っていて、ただ軽いだけでは終わりません。
バスドラムも音量を誇示するタイプではなく、輪郭はタイトなのに、バンドの足場を低いところでがっちりと固めています。
この二面性ゆえに、同じドラマーとは思えないほど文脈によって表情が変わります。
フュージョンやスムースジャズの場面では、無駄な情報をそぎ落としたクリアなサウンドで、都会的でクールな雰囲気を演出します。
ところがソウルやファンクになると、一転して“土の匂い”がするような体温の高いビートを叩き出し、聴き手の身体を自然と前のめりにさせるのです。
メイソンは、音色・ダイナミクス・フレージングを微妙に変化させることで、ジャンルごとの「ノリの文化」まで踏まえたグルーヴを描き分けていると言えるでしょう。
■ フィルインが「メロディ」として聴こえる理由
メイソンのフィルインは、テクニックを誇示するような派手さとは無縁です。
しかし、曲の歌メロやコード進行と自然にリンクし、まるでヴォーカルのフレーズやサックスソロの一節が差し込まれたかのように機能します。
彼のフィルには、単に小節を埋める以上の“語り口”があります。
短いフレーズのなかに起承転結があり、音数は決して多くないのに、どのタイミングで、どの高さの音を、どの強さで置くかが精密にコントロールされている。
その結果、「あ、今この小節はこういう感情に切り替わったんだ」と聴き手に直感させる、物語性を帯びたフィルインになっています。
無駄な音を足さないからこそ、一音ごとの説得力が際立っているのです。
■ スタジオ現場が鍛えた“外さない”精度
ハーヴィー・メイソンは、70年代以降、スタジオミュージシャンとして膨大なレコーディングに参加してきました。
この経験が、彼の「ズレない精度」と「どんな現場にもフィットする柔軟性」を形づくっています。
・クリックに吸い付きながらも、機械的にならないタイム感
・曲やアーティストごとにチューニングやタッチを変えられる音色のコントロール
・初めての現場でも数テイクで“その人らしいサウンド”に寄り添う理解力
これらは単なる技術習得の結果ではなく、アンサンブル全体を聴き、プロデューサーや作曲者の意図を感じ取る「耳の良さ」から生まれています。
クリックに完全に合っているのに、冷たさがないーその絶妙なバランスこそ、スタジオワークを通じて研ぎ澄まされたメイソンの真骨頂です。
■ 目立たずして個性的-「引き算」による独創性
メイソンの個性は、ソロで暴れ回るタイプの“超絶技巧”とはまったく別の方向にあります。
彼の美学は、どれだけ足すかではなく、どれだけ「叩かないでいられるか」。
必要最小限の音で、楽曲の要点を外さずに支えきるというストイックな姿勢が、結果的に唯一無二のサウンドを生み出しています。
同じ曲を何度も聴き返すほど、細部のニュアンスの豊かさが見えてくるのも特徴です。
ゴーストノートの強さ、ハイハットの開閉の幅、スネアのわずかなレイバックーそれらが積み重なって、長く聴いても飽きない深みをつくっています。
まるで熟練の料理人が、必要以上に味付けをせず、素材の味を最大限に引き出すように、メイソンは“楽曲そのもの”が一番おいしく聴こえるポイントを見極めているのです。
■ 子どもの頃から「ドラマー以上」の視点を持っていた
1947年、アメリカ・ニュージャージー州生まれのハーヴィー・メイソンは、幼少期から様々な楽器や音楽に触れて育ちました。
ドラムだけでなくピアノや作曲にも興味を持っていたとされ、そのことが彼を単なるリズム担当ではなく、“音楽家としてのドラマー”へと導いていきます。
リズムパターンを組み立てるときも、単にビートを刻むのではなく、「このコード進行なら、どのタイミングで抜くべきか」「メロディがここで盛り上がるから、ここは抑えよう」といった、全体の設計図を見ながら叩く。
こうした視点は、まさに幼少期からの幅広い音楽経験が土台になっています。
■ バークリーで身につけた“ジャンル横断”の基礎
メイソンはバークリー音楽大学で本格的な音楽教育を受けました。
ジャズのみならず、クラシック的なアンサンブルの考え方や、ハーモニー・理論、作編曲の基礎まで幅広く学んだことが、のちの「ジャンルを選ばない適応力」につながります。
バークリーで出会った仲間や指導者との交流は、プロとして活動していく上での人的ネットワークともなりました。
卒業後すぐに多くの現場から声がかかった背景には、単にドラムがうまいというだけでなく、「どんな音楽にも音楽的に応答できる人材」として信頼されたことが大きかったと言えるでしょう。
■ 70年代、L.A.スタジオシーンでの躍進
1970年代、メイソンはロサンゼルスを拠点にスタジオミュージシャンとして頭角を現します。
その安定したタイム感、柔軟な音作り、そして曲を壊さないセンスによって、あらゆるアーティストから引っ張りだこの存在となりました。
なかでも、ハービー・ハンコック『Head Hunters』への参加は決定的でした。
ここでのドラミングは、ジャズとファンクとロックが溶け合った新しいグルーヴを提示し、メイソンの名前を一気に国際的なものにします。
以降、彼は「この曲にグルーヴの生命線を吹き込みたい」と思ったときに呼ばれるドラマーとして、多彩なセッションに登場していきます。
■ 「Fourplay」で体現した、洗練されたアンサンブル
1990年代、リー・リトナー、ボブ・ジェームス、ネイザン・イーストとともにフュージョン/スムースジャズの名バンド「Fourplay」を結成。
このグループは、リスニングミュージックとしてのジャズ・フュージョンを世界的な規模で浸透させる役割を担いました。
Fourplayの中でのメイソンは、決して出しゃばらず、しかしサウンド全体の色合いを決める“設計士”のような存在です。
繊細なシンバルワークや、曲の展開に合わせたダイナミクスの変化が、都会的で洗練されたバンドの世界観を裏側から支えています。
ドラムが主役ではない音楽の中で、「主役を立てながら自分の個性もにじみ出る」という、非常に難しいバランスを成立させている点も注目すべきでしょう。
■ ドラマーを超えたクリエイターとして
メイソンは演奏家であると同時に、作曲家・プロデューサーとしても豊かなキャリアを持っています。
自身のリーダーアルバムでは、ジャズだけに留まらず、ファンクやR&Bの要素を取り込みながら、多彩なサウンドスケープを展開してきました。
他アーティストの作品に参加する際も、単にドラムパートを提供するだけでなく、「この楽曲の方向性はどこにあるべきか」「どんなサウンドプロダクションが合うのか」といった全体像にまで踏み込んで関わることが多く、それゆえにミュージシャンからの信頼も厚いのです。
彼の存在は、リズムセクションを超えて、作品そのもののクオリティコントロールに関わる“音楽ディレクター”的役割を担ってきたと言えるでしょう。
■ ベテランであり、いまも現役の「探求者」
デビューから数十年を経たいまなお、メイソンは第一線で活動を続けています。
過去の成功にとどまらず、新しいサウンドや若い世代のミュージシャンとのコラボレーションにも積極的で、その姿勢は「完成」よりも「探求」を選び続けている証拠です。
長年の経験から生まれる深いグルーヴと、常にアップデートしようとする柔軟な感性。
この二つが同居しているからこそ、彼の演奏には“時代を超える普遍性”と“今この瞬間の新しさ”が同時に感じられます。
ハーヴィー・メイソンの歩みを辿ると、彼が単なる名ドラマーではなく、音楽全体を理解し、支え、形づくってきた“総合的な音楽家”であることが見えてきます。
ジャンルを越えて愛される理由は、卓越した技術だけでなく、楽曲への敬意と、終わりなき探究心にあります。
彼の演奏を聴くと、ドラムという楽器が、単にリズムを刻む道具ではなく、音楽の空気感や感情をデザインするための豊かな表現手段であることに気づかされます。
そして、「支える」という行為そのものが、どれほど創造的で奥深い仕事なのかを、ハーヴィー・メイソンはそのプレイで静かに教えてくれているのです。